茨木在住の美術作家・藤本絢子さんの話 Vol.3

はい、いばジャルです。
美術作家・藤本絢子さんのお話も3回目。

集中して絵を描くための環境を整え、
「12時間ルール」で うまくオンとオフを切り替えて制作を続けている藤本さんに
「美術作家」という職業を選択するまでに どんな思いがあったのか、聞いてみました。

ものを作ることが好きな子どもだった

「毎日何かを作っている子どもでした」
小学生のころには自然と
「得意なものは図工」と周囲も自分も思っていて、
将来は、絵本作家やイラストレーター、テレビゲームを作る人など
「作る側になりたい」と思っていた藤本さん。

kk筆を持って絵を見るDSC03760

高校で進路を考える頃になり、美大や芸大への進学を決めて、
そこから、入試対策のために絵を描くことを学び始めました。

「それまで、絵は楽しいから描くんであって、
何かを目指して特訓するということはありませんでした。
受験の準備の時に初めて、想像していたよりも描けない、
と気付いて、焦りました」

やればやるほど感じる、こんなはずでは・・という現実とのギャップ。
焦りや不安を感じても進む方向は変わることがなく、
「やるしかない!」と夢中で特訓。
見事、難関と言われていた志望の大学に合格しました。

初めての劣等感と挫折

入試のために絵を描く特訓をして、難関大学に入学。

「合格は嬉しかったけど、難しいと思っていただけに、
入学するのがゴールみたいになってしまったんです。
気持ちの準備ができていなくて、授業を受けてもうまく消化できない。
心の準備ができている人たちとの差や劣等感を感じ、
何を描いていいかわからなくなっていました」と振り返ります。

描くことが楽しいとは思えず、サークルでバンドを組んだり遊んだり、
それらは有意義な時間ではありましたが、絵を描くことからは逃げていました。

3回生になり、絵を描くために大学院へ進むのか迷いながら、
就職活動を始めます。

面接ではグループディスカッションをすることもあり、
そこで美大や芸大以外の学生と出会うことも楽しく、
いい刺激をもらえたと振り返ります。

けれど活動をするうちに
「ここで絵を辞めたら
何もつかめないままこの4年間も無駄になってしまうのではないか」
という気持ちが、大きくなっていきました。

そんな時、ある出来事がおこります。
「何を描いたらいいんだろう」と悩んでいた藤本さんが
「あ、自分の絵が描けた」と納得した一枚の絵。
それが、大学の先生に初めて「この絵はいい」と褒められたのです。

kk夜に鳴く

タイトル【夜に鳴く】 キャンバスに油彩 163cm×260cm 2007年

その作品は、初めて一人で行った京都・丸山公園のしだれ桜の絵。
喧騒の中でも神々しくある姿に
「これを描いてみよう」と思い制作した一枚でした。

先生や、誰か人に見てもらうという
他者の存在がある中で描いていて「楽しい」と思えた初めての作品でした。
生き生きと楽しいと思って描いた絵は、
自分でも自信を持つことができましたし、
さらにそれが「いいね」と評価されたことは、
見る人と通じあえたような喜びがありました。

「未熟な部分はあるけど、ターニングポイントとなった一枚です」
と藤本さん。
この一枚の作品が自信となって
「もっと描きたい」と考え始めた頃、
就職活動をしていたある会社から内定の通知が届きます。
その瞬間「やっぱり、進む方向はこっちじゃない」と その場で内定を辞退し、
絵を続けるために大学院受験を決意します。

結果は不合格。
準備があまりにも遅すぎました。
そのことは、藤本さんにとって初めての大きな挫折だったと言います。

絵を描いていく決意

「院を落ちたことは、絶望的でした。それまで、
そこそこ評価の高い学校にストレートで入ってきたので、
自分の番号がないという不合格の経験は、さすがに落ち込みました」
と当時を振り返ります。

けれどそのことで逆に
「このままで終わりたくない」という強い気持ちが芽生えます。
その強い気持ちに、ご両親も理解をして下さり、
一年かけて大学院へ再トライすることになりました。
集中して作品制作をするためのアトリエも整えていきました。
そんなふうに気持ちが目標に向かっていると、
不思議と色んな機会にも恵まれました。

「自分が納得できる作品を作ろう」と挑んだ卒業制作が良い評価を受け、
それを見た人から展覧会の話を紹介されたのです。
さらに、絵を欲しいという申し出もあり、
そこから東京でギャラリーをしている人を紹介され、
ニューヨークでの日本人のグループ展の出展を案内されたのです。

「交通費、滞在費、出展の費用は自腹だけど
機会はあげるよと言われて、勢いで行きました」と藤本さん。

藤本さん横笑顔DSC03763

その後も、大きな展覧会への出展に声をかけてもらえるようになり、
自然とモチベーションもでてきて 絵を描いていく自信が出てきました。

「院に行かなくても絵を続けられるのでは」と感じることもありましたが、
大学院で絵を学ぶことにも思いはあったので、
「入学してみてから学費をかけてまで行かなくていいと思ったら辞めよう」と
思い切ってトライし、母校とは違う大学の院に入学しました。

浪人中に経験した、大きな展覧会への出展や様々な人たちとの出会い。
そして、母校とは違う院で絵を学んだ二年間。

「今までに自分が知るものとは、違うものに触れることができたし、
積極的にもなった。 広い視野を持てるようになったのも、これらの経験があったから」
と大きくて大切な二年間だったと振り返って話します。

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藤本さんのお話は、次回に続きます。
【美術作家・藤本絢子さんの話vol.4】

藤本絢子さんHP 【藤本絢子official website】

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